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渡辺真紀の花咲先生になるまでの話

月曜担当渡辺真紀です。

花咲塾にご縁のある方って
⭐︎自分に自信のない方
⭐︎人間関係が上手くいかない方
⭐︎夫婦仲が悪い方
⭐︎思うような子育てができていない方
⭐︎実親が嫌いな方
⭐︎もっともっと仕事ができるようになりたい方
⭐︎もっともっと幸せになりたい方
⭐︎もっともっと認められたい方
といった感じかなと思います。

 

私もそんな一人でした。

 

これから少しずつ私が花咲先生になるまでの話を書いていこうと思います。

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花咲塾に出会う前の私は夫婦仲がかなり良くなくかったです。
仕事で独立したばかりの夫は事業が軌道に乗っておらず、おかげで家計も苦しかったし、お互いお金のことでイライラしていました。

イライラしながらも夫を支えていることにプライドを持っていたので、夫や義両親に認められたかった。
だけど、家事も子育ても頑張っていたけれど、夫や義両親に「いい嫁」と認められないことにいつもモヤモヤしたりイライラしたりしていました。

夫婦仲が本格的にこじれたのはちょうど5年前の今頃です。
時期としては軌道に乗らない不安定な状況ではあるものの、夫は色々なところで名前も知られるようになり、スタッフも増えて、外部の人から見たら上り調子でいい時期だったかもしれません。

その頃の日記が出てきて、読んでびっくりしました。
そして、その時の映像がリアルに浮かんで、なんとも言えない気持ちになりました。

ある日の日記にはこうありました。

『頭痛がひどく、子供達に夕飯を作れる状態じゃなかったけれど、下(この頃は自宅の1階で夫は仕事をしていました)の夫に子供達のご飯を何かコンビニで買ってきてと頼んだのに買ってきてもらえなかった。
仕方なくフードプロセッサーを使ってキーマカレーを作ったら、息子が体調を気遣うことなくそれに文句を言った(当時9歳)。
「お母さんはこんなにしんどいのに」と声を荒げてしまったら、下から上がってきた夫が私に向かって言いました。

「どうせいつも大したもの作ってないのに、さもいつもいいもの作ってるみたいな言い方。なにそんな大きな声だしてんの?しなくていいじゃん」

大したものじゃない?作ったって食べないくせに、なんでそんなこと言えるわけ?』

ついでですがこれが当時の我が家の通常メニュー。

 

定食みたいな感じだけど、これが大したものじゃないっていうならば、一体よそは何を食べていると思っているの?

まだあります。

当時は夫の独立した仕事がまだ軌道に乗らず、夫から渡される生活費もギリギリで私もアルバイトをしながら、家計を支えていた頃です。
『夫の腕に新しい時計がありました。調べてみると5万円以上はします。
(その頃は炊飯器が壊れていて、私はご飯を毎日ホーローの鍋で炊いていて、夫にずっと炊飯器が欲しいと言っていました。)
あれだけ炊飯器が欲しいって毎日言っているのに(当時は下の子が2歳。上の二人は12歳と9歳でした)、子供達のいる生活がどれだけ時間がないのかわかってないのか。同じ屋根の下で仕事をしていて、その気配が感じられないのか。
自分さえよければいいんだ、この人。家族が色々と我慢して支えているって自覚ないんだ。本当に腹が立つし、悲しい。』

そんな夫ですが、子供達はお父さんを慕っていました。
それって、お父さんが優しいからとかじゃなく、今思えば、子供達に日頃私が「お父さんは頑張っている」と言っていたからだと思うんですけれど(苦笑)、夫には届いていなかったんでしょうね。

『いつもお仕事頑張っているお父さんにもクリスマスプレゼントをあげたいと言って息子が選んだクリスマスプレゼント。
お金は私が自分のバイト代から出しました。それでも息子の想いがこもったプレゼント(ニューバランスのスニーカーだったのですが)。それを受け取った夫は「こんな無駄なもの買って。欲しいものは自分で買うし(そうだね、時計も勝手に買っていたもんね)。もらっても気に入ったものじゃなければこの先履くことないし(気に入らなかったんだね)。これ返してこれないの?」って言った。それを言われた時の息子の顔が忘れられそうにない。息子にまでもこんなことを言うなんて、一体どうしちゃったの?』

またある日の日記には
成績の振るわなかった娘の塾や通信教育を受講させたいと相談したら「持って生まれたものがその程度なだけ。塾とか本当にお金の無駄。」と言われたと書いてもありました。

 

本当にどれもこれもひどい。笑っちゃうほどにひどい。

 

こんなひどい発言を繰り返していた夫をなんとかしよう、なんとか改心させようと躍起になっていたのですが、事態はこじれる一方でした。